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「腸‐唾液腺相関について(前編)」
2022.12.13
歯科皆様、こんにちは。
近年、脳と腸は密接に関係しているという「脳‐腸相関」関係について、よく耳にするようになりました。
腸はまた、唾液腺との間にも密接な関係があるようで、病原菌の体内への侵入を防止する唾液中の粘膜免疫「IgA」が、腸内細菌や腸内細菌の餌である食物繊維よる腸内免疫の活性化により増加することが分かりました。
本日は「腸‐唾液腺相関について(前編)」というテーマで、その概要と感染予防に直結する唾液の量と質を高める生活習慣について、「腸‐唾液腺相関」と命名した神奈川歯科大学歯学部副学長兼病理・組織形態学講座環境病理学分野 主任教授である槻木恵一先生によるお話をします。
図1のとおり、唾液のほとんどが水分でできており、食物を柔らかくして飲み込みやすくしたり、話しやすくしたり様々な役割がある他、残りの僅かな成分には、歯の修復や虫歯予防、消化の補助など様々な機能があります。
その成分の中に、抗菌物質や成長因子が含まれるため、傷をなめて治そうとする行為は理にかなっていると言えます。
唾液は血液から作られていますが、血液は閉鎖された血管内を循環しているため、濃度は一定に保たれている一方で、唾液は唾液腺から分泌されると口腔内細菌の代謝物、口腔内の乾燥や汚れ、噛み具合など、様々な影響を受けるだけではなく、個人差もあることから、成分の変動が大きいことが特徴です。
また唾液には体のコンデイションが反映されるという側面があるため、感染症の診断や、自由診療になりますが、一度に複数のがんのリスクが判別できるスクリーニング検査など、病気の早期発見にも活用されています。
唾液の有する機能の一つである抗感染作用の中心的役割を担うのが「IgA」と呼ばれる粘膜免疫の実行抗体です。
同じ免疫グロブリンでありながら、血中に最も多い「IgG」や感染時に最初に作られる「IgM」には特異性があり、病原体が体内に侵入してから作用するのに対して、抗原特異性が小さい「IgA」は、様々な種類の病原体に反応するという性質があるため「感染予防の砦」として、病原菌が体内に侵入する前に作用することが異なります。
例えば、上気道感染症に罹患しやすいという特徴がある「IgA」を作る能力を持たない選択的IgA欠損症という免疫不全症は「IgA」の機能を良く表している疾患です。
槻木先生の研究グループによりますと、図2のとおりヨーグルトの継続摂取により、唾液中の「IgA」が増加し、インフルエンザに対する抵抗力が増すということが判明したようです。
この要因として腸内細菌叢のバランスが改善され、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスとそれら微生物の餌にあたる難消化性食品成分であるプレバイオティクスによる腸管免疫の活性化が考えられています。
槻木先生は、腸管免疫が高まると唾液中の「IgA」が増加するというこのような結果を踏まえ「腸‐唾液腺相関」と命名されたそうです。
ある粘膜が抗原に感作されると別の粘膜にて「IgA」の産生が増加するという「共通粘膜免疫システム」については以前から知られており、HIVの抗原を鼻の粘膜で感作させ、子宮粘膜でHIVに対抗する「IgA」を増やすことで、HIVへの感染を防ごうという研究があるように、腸と唾液腺の関係につきましては、一見関係なさそうですが、腸と唾液腺の粘膜免疫が連動することは疑う余地はありません。
また、槻木先生の研究グループは、唾液中の「IgA」が増加するメカニズムを解明するにあたり酢酸や酪酸に代表される「単鎖脂肪酸」に着目しました。
この「単鎖脂肪酸」には上皮細胞の増殖、水分やミネラルの吸収増加、大腸上皮細胞のエネルギー源、蠕動運動の促進など様々な機能がありますが、この「単鎖脂肪酸」は小腸で消化されずに大腸に到達した食物繊維やオリゴ糖を腸内細菌が代謝することで生成されるそうです。
図3のとおり、ラットにポリデキストロースという人工の水溶性食物繊維を4週間にわたり継続摂取をさせた研究から、盲腸で単鎖脂肪酸の産生が増加した後、その単鎖脂肪酸が速やかに盲腸から吸収されると、門脈中の単鎖脂肪酸濃度が上昇すると、唾液中の「IgA」も増加に転じたという結果が出ました。
この研究結果から、血中コレステロールの減少作用、腸内環境の改善効果があることは知られているポリデキストロースには、唾液中のIgAを増加させる作用もあることが判明しました。
なお、このポリデキストロースに限らず食品中に含まれる食物繊維においても同等の効果があると考えられます。
さらに槻木先生の研究グループでは、短鎖脂肪酸のうち酢酸が増加することで、唾液中のIgAが増加することから、図4のとおり短鎖脂肪酸レセプターが何らかの形でIgAの増加に関与しているという仮説を立て、さらに詳細なメカニズムの解明に取り組んでいるそうです。
本日は「腸‐唾液腺相関について(前編)」というテーマで、主にその概要につきまして槻木先生のお話を取り上げました。歯科医とも関係の深い唾液腺に関わる大変、興味深いお話でした。
次回の「腸‐唾液腺相関について(後編)」では、唾液中のIgAを増やために、また機能させるために必要なことを中心にお話します。