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「ワトソンというAIについて(前編)」
2022.02.21
未指定皆様こんにちは。
今やAIという言葉は日常的に耳にしますが、昔は空想の世界と思われていた「人工知能(Artificial Intelligence)」のことです。
今では囲碁ではプロに勝利したり、会話するロボットが登場したり、車の運転が自動化するなど、様々な分野でAIが活用されており、医療界でも例外ではなくなりました。
そんな中、東京大学医科学研究所では遺伝子解析に特化したIBMのAI「Watson for Genomics(ワトソン・ジェノミクス)」通称「ワトソン」を活用して、がんの共同研究を行っており、本日は、医療界にてワトソンに代表されるAIの導入により、「何ができるのか」また「将来どのように変わるのか」について、「ワトソンというAIについて(前編)」というテーマで、当プロジェクトに携わる東京大学医科学研究所 先端医療研究センターのセンター長 東條有伸先生のお話をします。
本プロジェクトで東京大学医科学研究所が活用しているIBMの医療用ワトソン「Watson for Genomics」は遺伝子解析に特化しており、医療研究機関で、このタイプを活用しているのは北米以外では医科学研究所が初だそうです。
「ワトソン」が、がんの遺伝子変異をくまなく調べ、その患者さんのがん発症に関わる遺伝子変異(ドライバー変異)を検出し、その変異に対応できる分子標的薬と、その薬の情報を提示するというもので、将来的には、臨床応用への可能性に期待が膨らみます。
東條先生が所属する血液腫瘍内科での研究対象は、血液がんなど血液疾患と診断された患者さん、もしくはその疑いのある患者さんだそうで、2015年7月に始まった「ワトソン」による共同研究では、2016年10月までの間に113人の遺伝子変異の解析を行い、医科学研究所では、さらに消化器系がん(特に遺伝性大腸がん)についても臨床研究を行っています。
図1のとおり、これまでは1人の医師が数千もの遺伝子変異の中から、発症に関与していると思われる遺伝子変異の抽出に約2週間を要していましたが、「ワトソン」による解析では、データ入力から結果判定まで約10分という驚異的な速さでデータ入力から結果判定できるようです。
従来から用いられている遺伝子解析は「研究シーケンス」という方法で、同じ疾患の検体を大量に収集して、その疾患に特有な遺伝子変異を後付けで調べるというものですが、医科学研究所で取り組んでいるのは「臨床シーケンス」という方法で、疾患が発症してこれから治療を行う患者さん、もしくは現在、治療を行っている患者さんの遺伝子解析の結果を診断や治療に活用するというものです。
診断までの時間が短ければ短いほど、適切な治療を早く開始できるという利点を考えると、白血病のような診断後、即時治療に移行するべき疾患では「ワトソン」のスピーディーな解析は非常に有益であると言えます。
医科学研究所で行っている「ワトソン」を活用した遺伝子解析の流れは次のとおりです。
患者さんから末梢血や骨髄液を検体として採取する訳ですが、血液がんは固形がんと比べ、検体として採取しやすいという利点があります。
ワトソンを含む遺伝子解析の工程は、図2のとおり末梢血や骨髄液などの検体から遺伝子を抽出してライブラリーを作製し、次世代シーケンサーで解析、その結果を遺伝子のアノテーション(注釈付け)やキュレーション(注釈結果の検証)を行いながら整理し、そのデータを遺伝子変異のリストとして「ワトソン」に入力するというものだそうです。
遺伝子解析の同意を得た患者さんであれば、検体採取から最短4~5日で「ワトソン」に入力、解析は約10分ですから、遺伝子解析の結果は4~5日で可能ということになりますが、将来、「ワトソン」のようなAIにシーケンスの結果を‘丸投げ’できるようになれば、遺伝子解析はさらに省力化・スピード化されるでしょう。
医師は「ワトソン」の解析結果を参考にして診断を下し、治療方針を決定するということになれば、「ワトソン」は便利な参考書、または辞典という役目に相当します。
2016年の夏、本プロジェクトの3例目でワトソンが治療方針の変更に関わるようなことが起こり、大きく報じられたようです。
当初、「急性骨髄性白血病」と診断されました患者さんが、治療の経過から別タイプの白血病の疑いがあったため、治療方針を再考するため、入院時の検体を「ワトソン」で解析したところ「ワトソン」は骨髄異形成症候群(MDS)に特徴的な遺伝子変異を示したということです。
担当医はその結果を参考に「MDSから移行した急性骨髄性白血病」と診断、MDSの治療薬の投薬を選択しました。
その報道からAIの判断で病気が治癒したかのような印象を受けるかもしれませんが、この症例は通常の検査では特殊性を見つけられない症例で、分子レベルでの分析でようやく鑑別できるような非常に診断が困難な「白血病」だったようです。
「ワトソン」が提示する治療薬は分子標的薬のみで、抗がん剤や抗体医薬品、細胞移植と言った選択肢は示すことができない訳ですが、診断ならびに、この「白血病」に有効な分子標的薬はなく、「MDSの治療薬を使用する」という方針をきめたのも「医師」です。
この症例のように「ワトソン」が「医師」の診断や治療方針に影響を及ぼすほどの結果を示す事例は今のところないようです。
本日は医療界のAIである「ワトソン」について東条先生の大変興味深いお話をさせて頂きました。矯正治療の現場でもデジタル化が進み、大変便利になっていますが、改めて関わり方がとても大事だという認識を持ちました。次回も「ワトソンついて(後編)」というテーマでお話をさせて頂きます。