ブログ
Blog
iPS細胞を利用したパーキンソン病の治験について(前編)
2019.10.23
未指定皆様こんにちは。
前回は「iPS細胞の再生医療について」というテーマでお話しましたが、今回は、2018年より、iPS細胞を利用したパーキンソン病の治験を開始した京都大学、そのプロジェクトリーダーであるiPS細胞研究所 臨床応用研究部門長 高橋淳 教授のお話をします。
パーキンソン病とは、中脳の「黒質」にあるドパミンを作る「ドパミン神経細胞」の減少により、大脳の「線条体」に送られるドパミン量が減少し、「線条体」から「大脳皮質」への指令がうまく伝わらなくなり、全身への運動の指令に支障をきたす進行性の難病で、手足の震えやこわばりなどの運動障害が現れる病気です(図4)。
現時点では、「ドパミン神経細胞」の減少を抑える治療法はなく、初期の段階では有効とされる「L-ドパ製剤」などの薬物療法による対症療法となりますが、進行するにつれ薬効が減少し、症状の抑制が難しくなるようです。
病態が複雑な脳梗塞と異なるパーキンソン病は、「ドパミン神経細胞」を増やすという理論が明解で単純なことから、細胞移植によりドパミンの産生機能を高めて、機能再生を図るという治療法に期待ができるようです。
欧米では1980年代後半、中絶胎児の組織を使った臨床応用が行われ、治療効果が見られたという報告がされています。
取り組みやすさや免疫反応に比較的乏しい脳の特性も相まって、iPS細胞の臨床応用研究では、他の疾患に比べてパーキンソン病が先行しています。
「ドパミン神経細胞」を効率よく生着させるために「ドパミン神経前駆細胞」を移植することが良法とされており、これまでに、ES細胞やiPS細胞から「ドパミン神経前駆細胞」を作製し、パーキンソン病モデルラットやサルの脳に移植した結果、症状が軽減したことが報告されています。
細胞移植を治療法として確立するために、ヒトに近い霊長類モデルで、長期にわたる有効性や安全性を検証する必要があるため、2017年8月、高橋先生の研究グループで発表されたiPS細胞由来の「ドパミン神経前駆細胞」をパーキンソン病モデルのカニクイザルの脳に移植して長期経過観察を行った研究では、臨床に近いスケールで検討した上で、移植の細胞数、移植方法、観察期間など通常の臨床と同じ手法で実施したことに意義があるということのようです。
マウスの場合、旋回運動の回転数に限られますが、サルの場合、顔の表情にも変化が見られ、よりヒトに近い評価ができるということから、図6では、カニクイザルによるパーキンソン病の評価を行うにあたり、細胞移植前後の行動の変化について、7つの項目に点数をつけた結果を表しています。
それによると移植前のサルは表情が乏しく、じっと見ている時間が多く、動きもぎこちなかったのですが、移植後の点数の変化から、症状の軽減が確認できたようで、移植後は動作時間が増加し、運動量の変化が顕著だったということになったようです。
また、安全性についてはMRIとPETを用い移植した細胞の生着具合を調べ、少なくとも移植後の2年以内では、脳内で腫瘍がつくられてはおらず、移植した細胞が脳内で機能していることが確認できたようです(図7)。
これまでの報告では、症状の改善が見られた時に生着していた「ドパミン神経細胞」は5万~20万個だそうですが、今回の実験で1匹のサルに移植した細胞数は480万個で生着した「ドパミン神経細胞」は脳の片側で平均6万5000個という結果になったようですが、将来は治験でも約10万個の生着を目指し、1人につき約500万個の細胞移植を予定しているそうです。
ちなみに、移植は既に確立されている培養した細胞をシリンジに吸入し、針を通して大脳の「線条体」に注入するという方法を採用しており、一般的な脳神経疾患の手術に比べてリスクが少ないそうです。
薬物療法で効果が見られるような症状が軽度の場合やドパミンに反応しなくなるほど重症の場合は、細胞移植は対象外としており、症状が軽度すぎず重度すぎず「薬は効いているが、徐々に薬効が低下している」という中程度の患者さんが対象だそうです。
細胞移植を行った結果、過去に投薬が不要になる程、劇的な改善が見られた症例もありますので、病態的な根治はできなくても、症状の消失に期待できるかもしれません。
つまりiPS細胞による再生医療とは、病気そのものの進行を抑制するものではないということになります。
薬効が期待できなくなった患者さんを元気にするというより、重症化する前に移植を行い「寝たきり」になることを防止したいという狙いがあります。
本日はiPS細胞を利用したパーキンソン病への取り組みについて京都大学 高橋先生による大変、有意義なお話でした。
今後もiPS細胞を利用したパーキンソン病に対する治療効果に期待したいところです。